通信制苦学記録

大学通信教育課程の史学科でアタフタしてました

卒論を書き上げてから学び直す史学概論(その1)

卒論に関するゴタゴタはともかく、卒論が終わった後に史学概論を少々学び直す必要があるな、とはずっと思いました。

というのも、理論を教えられても、実際やってみないことにはその核心には迫れないのではないんじゃないのだろうか、と。例えるならば、同じ工場見学でも、ガラス越しで上から見下ろすのと、サブライン程度であれ現場に放り込まれるのとでは大違い、という感じですかね。

 

そんな訳で、史学概論の指定市販本である小田中直樹歴史学ってなんだか?』を読み直し。以下は「大きな物語」論(第1章II)を元にグダグダと。

 

かつての「大きな物語」として、社会革命を重視する「マルクス主義歴史学」が挙げられています(pp.43-47)。そして、私の卒論テーマである自由民権運動は、その歴史観の中で研究が盛んな分野でした。

そのような歴史観における民権運動史研究の中心は、「革命政党」たる自由党でした。そのため、同じ民権派である立憲改進党は都市知識人層の支持する「ブルジョワ政党」であるとして軽視されていました。

ところで、私が卒論で取り上げたのは立憲改進党系の雑誌でありました。そのため分厚い研究の積層のある自由党に比べると、改進党研究の層の薄さというのはとても気になったところですし、それを思うと、「私の卒論も立憲改進党研究に貢献できるものだったりする?」という勘違いも生まれます。

 

さて、小田中は「最近の『大きな物語』」の一つとして「『大衆』にかかわる史実の歴史」(p.53)を挙げていますが、私のテーマの根底も実はこれです。「大衆から見た民権運動」というつもりで書き始めたのですけど、行き着いた先は自由党・改進党という各民権派政党に対して染み付いているステレオタイプ批判みたいな感じになってしました。

メインで取り上げた雑誌の論説や風刺画の解釈の多くは、「人民による革命を志した自由党」と「都市知識人層につき、民権派と言いつつ官に近かったブルジョワ政党である立憲改進党」というステレオタイプに則って行われていたが、党員・派閥の思想や、各政党の機関紙の分析を通じて、そうしたステレオタイプに則っていたために、書か(描か)れているものの解釈がおかしなことになっているのではないか、と。そうした従来の研究(これまためちゃくちゃ薄いのだけど)への不満・疑問が、卒論上でうまく表現できたかどうかは自信はないのですけど、一石くらいは投じるような内容にはなったかなぁ、と自負はしています(が、公表はできないだろうからあんまり意味はないか)。

 

今回は、何だか「学び直し」というよりかは「感想戦」みたいな感じになってしまいました。今後も(一応続けるかもしれないので「その1」とした)こんな調子になるかと思います。

 

※余談

テキストですが、2年の時に使ってたのが見当たらなくて、古本を買いました(216円だけどセールで2割引)。

で、この本書き込みというかラインやら丸やらが書かれてたのはいいんですけど、それがほぼ従軍慰安婦論争のところ「のみ」でして。PHPという版元故か、それ系の人が手放したものなんでしょうか。特に有益な引き方でもないので、消してしまいましょうかね。